京都の博物館で刀剣を見てまいりました。
これだけの量が集まる機会がこれから先、自分の行動範囲にあるかな、って思って。
これからの10年くらいはこういうところのフットワークを軽くしたいです。

浮世絵はすごく人気が高いと聞いているけれど、
刀だなんてそんなに人気ないでしょ、と思ったら大間違い!
博物館内に入るのに1時間半待ち、
中に入っても、展示物間近の場所に行きたければひと差しにつき30分以上の待ち時間。
そしてとにもかくにも若い女子が多いこと!
(刀をイケメンに擬人化したゲームがあり、そこからファンがすごく多いのですって)

「信長が愛用ののち黒田官兵衛の手に渡った」
あの歴史上の人物が手にしたものが目の前にある。
これだけでコーフンものなのね、と妙に納得いたしました。

正直いうと、
どの刀の刃紋がーとか、ソリがーとか
専門的なことはわからないし、
ぱっと見で安土桃山時代のものだとか、いやこれはつい最近の平成の作だとか
分かるほどの知識はないのですが。

魅入らせられました。
なんでこんなに美しく感じられるのでしょうか。
もともとは人殺しの道具だったのにね。

「美しい」と、美術品だと
これらがそう受け止められるだけの世の中が
これからも永く続きますように。

コメント

まるこ
2018年10月26日10:58

ねこってさん。なるほど。そうなんですね。
やはり私は対岸の火事的な見方しか出来ていない様です。
実際その立場に立ったら…真逆な事を考えるかも知れません。
どうしたら良いのかわかりません。被害は許せないですし、命は尊いと思うし。
私如きが云々言える立場にないのかも知れませんね。直ぐに人に感化され自分の信念がブレブレな私なんです。綺麗事では済まされない状況が直ぐそばにある事がいかに大変か勉強になります。ありがとうございます。

マダムM
2018年10月26日11:04

刀は美術品ではないのですが、美しいと思いますよ。例の腐女子のブームは鬱陶しいです(-_-;)
一度、刀の砥ぎしさんの内で砥いだばかりの刀を持たせて貰ったことがあります、なんか引き込まれるものがありますね。「魔」というのか、やはり武器だと思いました。
捕獲した動物は動物園で保護するなり、施設で保護するようにすればいいと思いますね。費用の問題が出るでしょうが、名古屋の東山動植物形式にすればいいと思うけど。動物一匹にスポンサーが付くの!年間どのくらい払うのかは分からないけど。
害獣(イノシシ、鹿など)を駆除することも必要だと思います。乱獲は言語道断だけど、一定数の駆除は自然界にとって必要なのではないかしら?

ねこって
2018年10月26日11:15

まるこさん、ごめんなさい、糾弾しているつもりじゃないってことは分かって下さい。
もちろん獣であろうと人間であろうと命は大事なのですが、
(だってウチ猫なんて本当に子どもと同様に可愛いのだし!)
命を助けようと考えること自体が「我々はニンゲン様なのだから」という上から目線なのかな、という考えにもなります。
私も本当はどうすればよいのかわからないです・・・。

実家の近所の河川敷にもイノシシが出て、何年かはそのままだったのですが、近隣からの苦情があったのでしょう、とうとう数年前に駆除されました。
さすがに、可哀想、と思いました。山に餌がないから野に降りてきたのだろうに、と。山に食べ物がないのは人間のしたことが回りまわってなのかもしれない、と。
相当な山奥に放てば人里には影響がないのかな、とも考えました。
でも、今まで暮らしたことのない場所にポイと放り出されて、それは幸せなことなのかな、とも思える。
動物相互のテリトリーもあるでしょう、先住の動物だって口が増えると困ることがあるのでは?それはどうなの?
解決策だなんて本当に見当たらないのです。

実際アライグマ捕獲したことあるんです。母屋の天井裏に住みこんでしまって。
保健所の方に引き取っていただきました。
見た目はね、ラスカルだし、カワイイのです。でも保健所の方曰く、
 人の指くらい簡単に噛み千切りますよ
子どもがいますからね、しかも寝たきりで動けない子どもがね。そのままにはできなかった。

共存って、どうすればできるんでしょうね・・・。
どこにも正解はないのだなぁって思っています。

まるこ
2018年10月26日12:20

ねこってさん。勿論です、そんな風に思っていないですよ。ただ、直接声を聴くということは勉強になるなと思いまして。実際私は被害に遭っていないですし、遭われた方の憤りもお話し伺って、なるほどと思った次第です。なんだか余計なお気遣いさせてしまい申し訳ありません。
ねこってさんがおっしゃる様にもしかすると助けてあげるっていう感覚。これ自体が人間ファーストの上から目線なのかも知れないですね。昔はどうやって共存していたのでしょうね?山には豊富に餌もあり、獣と人間が上手く折り合いを付けて暮らしていたのかも知れないですね。
山には山のルールがあるんでしょうね。縄張りとかテリトリーとか。一概にイノシシと言っても猿と同様にグループがあるんでしょうね。ぽんと知らない山に離されても困惑するかも知れないですね。確かにそうです。
本当に困った状態ですね。こんなに真面目に考えた事久しぶりです。
でも堂々巡りで私には答えが見つかりません。

アライグマが屋根裏に住み着き駆除するというニュースの特集見る事があります。
まさか、ねこってさんのお宅に屋根裏にも潜んでいたとは!!彼らは凶暴だと言いますね。それは放置できないですよ。お子さんにもしものことがあったら取り返しつかないですもん。アライグマは「ラスカル」で人気になりましたね。確かに仕草や容姿が可愛いですよね。でも凶暴で繁殖能力が高いと。飼っていた人が持て余して山へ捨てたら増えたとか。これまた人間に勝手ですよね。噛みつき亀や外来種が生態系を壊しているとか。もうこうなると何から手を付けたら良いのかわからないですね。分からない事が多すぎて混乱してます。

ねこってさん。こんな風に問題を提起して考える事って大切ですね。
たとえ答えが出なくてもボーっつと生きているのではなくて、一旦自分の頭の中で咀嚼してみる事、関心を持つ事って大切なんだろうなって思いました。
確かに答えなどないのかも知れませんません。
どれが正しいのかも正解はないのかも知れません。
これが問題なんだ!とみんなが意識する事で少しでも状況が変わったり意識が変わると何かが変わるのかも知れませんね。
長々とすみません。

ねこって
2018年10月26日20:27

マダムMさま
まるこさんへのお返事書いたところで勤務時間になってしまい・・・お返事遅くなりました。

博物館で幾振りもの刀を見ていると、それぞれに個性があるのがわかり、
そしてだんだんと「武器であること」に対してマヒして、ああキレイだと思いながら見てゆきましたが、
1本しか展示されていない薙刀を見た瞬間、ぞっとしました。
太刀以上に殺傷することを考えた形だったから。

包丁でさえも、丁寧に研いだ後のまな板の音は嬉しそうですから、
本格的に磨かれた日本刀、さぞや輝いていたことでしょう。
刃というもの、「魔」であり「魅」でもある。
そして「魔」という漢字にも「魅」という漢字にも「鬼」がいるのですよね。

腐女子ブーム、まぁ・・・それもまたよいのかなと私は思っています。
まずは興味を持ってもらうこと、それも大事だろうし、
「腐」部分ばかりではなく心底好きになっているお嬢さんも存じあげているので。

東山動物園、そんな活動もしているのですね。それ、いいですね!
東京のアライグマ事件の件やその他の獣の関わる事柄について、
簡単にすぐ「保護して山に返してあげて」っていう人たち、
アライグマは日本の山にもともと存在していなかった生物なんだけれどわかっているのかしら?
(だから、ダムに落ちたイノシシを山に返すというのと一緒くたにしたら絶対ダメ!
 ダムのイノシシはその近くの山の住獣だから返してもよいけれど、
 アライグマはそうではないのだから!)

マダムのように、そうではない方法を提示できる、そんな人からの提言なら受け入れることができるのです。
でも、カワイソウの一言だけで他の人の良心や財に害をなすのであれば
それはある意味「パワーハラスメント」に等しいような気がして仕方がないのです。
命を奪う辛さ、それを手を下す人たちが感じていないとでも思っているのかしら、と。


ねこって
2018年10月26日21:43

まるこさん、コメントありがとうございます♪

自分の書いた文章を書いていると、アライグマの件と、ダムイノシシの件と混ざって受け止められる可能性はあったな、と反省しています。
誤解していないよ、と仰っていただいてホッとしています。

マダムMさまへのお返事にも書きましたが、アライグマは外来種です。
だから山に返すことは「日本の獣」にとって、危険なことになります。
もともと山にいたダムに落ちたイノシシを戻すのとは訳が違うのです・・・。
そしてラスカル=アライグマではないということを理解頂いていない方も沢山おられるようです。
徳利ぶら下げた信楽焼のタヌキが狸そのものだと思う以上に、虚構であると思ったほうが確かです。


住宅地から農村地帯に嫁に行ったことで、戸惑うことは沢山ありました。
農家の人は、命に対してシビアなことも、その一つです。
害獣に毒のエサを準備したり、ネズミ捕りは当たり前に仕掛けますし、毒ヘビは見かけたら即殺処分です。
最初は「え?殺しちゃうの?」って義父が怖く思えました、でもね・・・
それは、獣と農家が「対等に」利害関係がある関係だからシビアなのだな、とわかってきました。
農村で生活をしたからこそ、それをストンと受け止められたのだと思います。

元はといえば温暖化で生態系が崩れて起こったのならば、そこを正さないと、なのに。
でも酷暑になったら、人間は電気使って排気だして冷房付けますよね、下手したら命に関わります。
それは罪だと非難は受けません、最終結果として里山に獣のエサを減らす原因であったとしても。

だからなんというのか、不公平だな、と感じるわけです。

「人間のせい」で獣が困るのだから、元に戻してやれ、というのなら
「人間のせい」で困っている「人間」には救済をしないの?って
風が吹いたら桶屋が儲かる的ですけれども、そんなことも考えてみたり。


「ぽんと知らない山に放たれても困惑する」そうなんです、獣の行動について詳しく知ってはいないけれど、
餌を得ることができずに野垂れ死んでしまう可能性は何%なのでしょう?
目の前にいる動物が弱るのは見ていられない、でも見えなければ気にならない?
そんな状況でも愛護論者は満足なさるのかな?
「山に放て」だって十分に無責任で非情なんじゃ、って・・・そんなこと考えちゃうのは私だけでしょうか?


これ、目先の一つの点だけで解決する問題じゃないのでしょうね、まるこさんのおっしゃる通り。

この話題に関しては、皆さんと位置が違うことを見てきたと感じました。
何故だか今までディベート好きな人間の中に紛れることが多くて、ですね。
「反論」がないと、議題が膨らまないということを体感してきました。
だから、あえて波風立てる発言もしてみます、でもこれは見たままの事実です。

「可哀想」に同調することは簡単で、恐らく独身時代の私ならまったく同意したことでしょう。
ただ、いろいろな意見や状況があるということを一人でもわかって下さることだって
解決のために大切だとも思うのです。

いろいろ考えて下さってありがとうございます。なんかその存在だけで私報われた気持ちになっています。

ねーこ
2018年10月30日19:36

自然界の生き物と人間(猫も)の生活境界線みたいなものを壊してしまったのはそもそも人間だと思っています。
山を壊し家を建て、街を作り、自然界の生き物たちの住処を、食べ物を奪っている。
農家さんが一生懸命作った作物や街に散乱している食べ物の美味しさに気がつき荒らすことが増える。
人間がいるところに行けば美味しいものがある。
山で必死に種物を探す必要が無いと学習します。
だからといってつかまえて山に戻すことも無責任。
もちろん放置していれば増え続けるだけ。
だからこそ、生態を保つためにも猟銃をし、命を粗末にしないようありがたく頂くのだと思います。

私の友人も山暮らしで、作物が被害に遭っています。

ねこって
2018年10月31日8:27

ねーこさま
処分しなくてすむなら、誰も心は痛まないんですよ・・・
助けてあげて、といいたい人たちの気持ちもわかる、
でも「放置はできない」という理由について、痛みを知らない人が
安直にいうのは違うのでは、ってニュースになるたび思うのです。

夫実家付近は20年前、キツネやイタチの声を聞く地域でしたが、
アライグマが出るようになり、イノシシが出るようになり、
キツネ・イタチはまったく見なくなりました。
彼らはどこにいっちゃったんでしょうね・・・

「粗末にしない」本当にソレです。
人間自体も自然から生まれた一つであるのだ、驕るなかれ。
これという正解はないけれど、事実だけから目をそらさず
積み重ねて考えることは大切なのかなと思っています。




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