にゅうりょういしゅつ
2018年2月11日 日常 コメント (4)入量為出 入るを量りて出ずるを為す
つまり、収入をちゃんと考えてお買い物しましょうね、ということ。
実家母と電話のやり取りをしていた今日、この言葉で戒められた(笑)
入、が潤沢にある身分ではないうえに、
未成年が成年になっちゃうと更に入るものは減り、出るものの価格もあがります。
数年後そうなると分かっている上、今年に入ってから在宅の仕事が少しばかり途切れていて
はてさてどうしようかな、と考えているところなので身に沁みました(^_^;
いつまで経っても親が超えられませんわ。
「入」を増やすには「働く」という選択肢が一番身近なのだけれども、
ただ・・・それがたやすくないのも事実です。
今日のニュースに「入院より在宅で介護」を優先するように診療報酬を改定する、なんて記事がありました。
でもそんな簡単に「在宅介護」っていうなよなぁ、というのが正直な感想です。
もちろん、急性期医療を扱う病院で、もう症状が落ち着いた患者さんが
いつまでも入院ベッドを独占しているのはどうよ、と思います。
「自宅に戻った」という環境が、患者さんの回復に役立つことがあることも事実ではあります。
でもだからといって「症状が落ち着いたから」さぁ、即、家に帰れ!って、
…それができる人ばかりじゃないんじゃないのでは…。
だって健康な人ならどうってことないことが暮らしにくさに繋がります。
住環境もそのひとつ。
転居することに心を決めたとき、私はいろいろ物件を検討したわけです。
しかし車いすを利用する人間が使いやすい物件というのはなかなか見つからなかった。
玄関から駐車場までに階段があったり、
お風呂が小さくて、訪問介護入浴でさえも難しそうだったり、
廊下が狭くて、車いすでは通れないよね、という設計だったり。
私はそういう家を選ばないということができた、最初から介護前提の家選びですから。
でもあれだけ選択肢がなかったことを考えれば、市井にはそうでないお宅のほうが多いに違いない。
やりにくい間取りにお住まいの方が突然在宅介護しろっていわれるなら、どれだけ大変なのだろうと思わざるを得ないです。
持ち家であるなら、福祉で改築の手を入れてなんとかしのげるかもしれない。
しかし家を持っている人ばかりが病気やケガをして要介護になるとは限らないわけです。
改築もできないでしょう、賃貸だと。
経済面だって・・・。
話を戻します。
つまり、私が「入」を増やそうと思ってもハードルが高いということについて。
10時前にお迎え、4時過ぎにお迎え、この2つの時間を自宅にいなくてはならないという時間的な縛りがあれば、「働く」ことはかなり難しい。
私自身は健康で、それなりに頭も体もまだ元気で、
介護がなければ、それこそコンビニでもスーパーでも働きたければ働けるはず。
職を選んでいるわけではないのですよ、
でも、現状、動けるのは介護者が家にいない間だけで、そんな働き口がないのです。
デイケアの権利を手に入れていてさえも、そんな状況です。
まして、デイにも出れない、四六時中管理が必要な介護者相手だとしたらもっとですよね。
介護離職ゼロ、なんていう政府のスローガンを聞いたとき、
介護をしている最中、子育てをしている最中、
そんな時間制限がある人たちを受け入れる、そんな職種を作って欲しいなぁ。
そうでない人たちにしわ寄せが行ってしまうのかもしれないけれども、
賃金差をつけるなどしてもよいから、なんとかできないかしら。
本当は働けるものなら働きたい。
と思いましたが、
実質そんな動きは毛ほどもありません。
「入」がないのなら「出」は絞るしかないけれども、
もう絞りつくしちゃったらどうしろと?
「家族」が崩壊しちゃいますよ・・・
準備万端、完全に社会リタイアして悠々自適生活に入っておられる方ならともかく、
まだ働き手になれる人間にとっては「働けないこと」自体だってとても苦しい。
経済的にも、ですが、精神的にも。
社会の一番小さな構成である「家族」に介護義務を委ねるというのは社会福祉の後退のように思えます。
子どもの保育は各家庭でシッター雇ってさせよう、ではなくて、保育園があるわけでしょう?
どうして障害者や高齢者の介護は「家庭」に戻す、が当然なのですか?
急性期病院からベッド移動できる滞在型病院とでもいうような施設を
もう少し充実させる方向にはなりませんか?
そののち、受け入れる体制ができれば自宅に戻れるならそれが一番、
移動が難しいのならそのまま滞在型でお世話になる。
日々移動が可能な介護になるなら家に戻ってデイケア利用でもよいし、
デイケアだって保育園のように、各家庭によってもっと時間帯が選べるとよいなぁ、
在宅に戻っても、家族にムリが生じれば滞在に戻ることが簡易な、
そんな状況が当たり前になればラクになるのになぁ・・・。
家族の中で働き手となりうる人材を有効に活用でき、
かつ、介護を受ける側もそれなりの安心がある、
そんな社会となってくれればよいのにね、
でも最近の動きを見ているとそうは考えてもらえそうにないから
はてさて、どこの「出」を減らすかなと頭を悩ませる介護歴20年越えの日々ですわ。
・・・うん、宝くじ当てるしかないわね(苦笑 どこの「入」から宝くじ代を出すんだってーの!)
つまり、収入をちゃんと考えてお買い物しましょうね、ということ。
実家母と電話のやり取りをしていた今日、この言葉で戒められた(笑)
入、が潤沢にある身分ではないうえに、
未成年が成年になっちゃうと更に入るものは減り、出るものの価格もあがります。
数年後そうなると分かっている上、今年に入ってから在宅の仕事が少しばかり途切れていて
はてさてどうしようかな、と考えているところなので身に沁みました(^_^;
いつまで経っても親が超えられませんわ。
「入」を増やすには「働く」という選択肢が一番身近なのだけれども、
ただ・・・それがたやすくないのも事実です。
今日のニュースに「入院より在宅で介護」を優先するように診療報酬を改定する、なんて記事がありました。
でもそんな簡単に「在宅介護」っていうなよなぁ、というのが正直な感想です。
もちろん、急性期医療を扱う病院で、もう症状が落ち着いた患者さんが
いつまでも入院ベッドを独占しているのはどうよ、と思います。
「自宅に戻った」という環境が、患者さんの回復に役立つことがあることも事実ではあります。
でもだからといって「症状が落ち着いたから」さぁ、即、家に帰れ!って、
…それができる人ばかりじゃないんじゃないのでは…。
だって健康な人ならどうってことないことが暮らしにくさに繋がります。
住環境もそのひとつ。
転居することに心を決めたとき、私はいろいろ物件を検討したわけです。
しかし車いすを利用する人間が使いやすい物件というのはなかなか見つからなかった。
玄関から駐車場までに階段があったり、
お風呂が小さくて、訪問介護入浴でさえも難しそうだったり、
廊下が狭くて、車いすでは通れないよね、という設計だったり。
私はそういう家を選ばないということができた、最初から介護前提の家選びですから。
でもあれだけ選択肢がなかったことを考えれば、市井にはそうでないお宅のほうが多いに違いない。
やりにくい間取りにお住まいの方が突然在宅介護しろっていわれるなら、どれだけ大変なのだろうと思わざるを得ないです。
持ち家であるなら、福祉で改築の手を入れてなんとかしのげるかもしれない。
しかし家を持っている人ばかりが病気やケガをして要介護になるとは限らないわけです。
改築もできないでしょう、賃貸だと。
経済面だって・・・。
話を戻します。
つまり、私が「入」を増やそうと思ってもハードルが高いということについて。
10時前にお迎え、4時過ぎにお迎え、この2つの時間を自宅にいなくてはならないという時間的な縛りがあれば、「働く」ことはかなり難しい。
私自身は健康で、それなりに頭も体もまだ元気で、
介護がなければ、それこそコンビニでもスーパーでも働きたければ働けるはず。
職を選んでいるわけではないのですよ、
でも、現状、動けるのは介護者が家にいない間だけで、そんな働き口がないのです。
デイケアの権利を手に入れていてさえも、そんな状況です。
まして、デイにも出れない、四六時中管理が必要な介護者相手だとしたらもっとですよね。
介護離職ゼロ、なんていう政府のスローガンを聞いたとき、
介護をしている最中、子育てをしている最中、
そんな時間制限がある人たちを受け入れる、そんな職種を作って欲しいなぁ。
そうでない人たちにしわ寄せが行ってしまうのかもしれないけれども、
賃金差をつけるなどしてもよいから、なんとかできないかしら。
本当は働けるものなら働きたい。
と思いましたが、
実質そんな動きは毛ほどもありません。
「入」がないのなら「出」は絞るしかないけれども、
もう絞りつくしちゃったらどうしろと?
「家族」が崩壊しちゃいますよ・・・
準備万端、完全に社会リタイアして悠々自適生活に入っておられる方ならともかく、
まだ働き手になれる人間にとっては「働けないこと」自体だってとても苦しい。
経済的にも、ですが、精神的にも。
社会の一番小さな構成である「家族」に介護義務を委ねるというのは社会福祉の後退のように思えます。
子どもの保育は各家庭でシッター雇ってさせよう、ではなくて、保育園があるわけでしょう?
どうして障害者や高齢者の介護は「家庭」に戻す、が当然なのですか?
急性期病院からベッド移動できる滞在型病院とでもいうような施設を
もう少し充実させる方向にはなりませんか?
そののち、受け入れる体制ができれば自宅に戻れるならそれが一番、
移動が難しいのならそのまま滞在型でお世話になる。
日々移動が可能な介護になるなら家に戻ってデイケア利用でもよいし、
デイケアだって保育園のように、各家庭によってもっと時間帯が選べるとよいなぁ、
在宅に戻っても、家族にムリが生じれば滞在に戻ることが簡易な、
そんな状況が当たり前になればラクになるのになぁ・・・。
家族の中で働き手となりうる人材を有効に活用でき、
かつ、介護を受ける側もそれなりの安心がある、
そんな社会となってくれればよいのにね、
でも最近の動きを見ているとそうは考えてもらえそうにないから
はてさて、どこの「出」を減らすかなと頭を悩ませる介護歴20年越えの日々ですわ。
・・・うん、宝くじ当てるしかないわね(苦笑 どこの「入」から宝くじ代を出すんだってーの!)
コメント
実際身近で父がパーキンソン病になった時も、介護が必要となった時も、ケアマネさん探す事さえ苦労しました。今回の入院で医師は一旦療養病院への転院を勧めていますが、右から左へというわけには行かず。僅かな年金でまさに「出」を抑えている様です。自宅のバリアフリーの工事も大変でした。ねこってさんの様に車椅子での生活が必要となると物件選びもさぞや大変だった事でしょう。お金が沢山ある方だけが優雅な介護付きホームに入れる、無いものはどうしろというのかと。宝くじさえ当たればと多くの方々が思っていると思います。働きたくても働けないもどかしさをどこへ訴えたら良いのでしょうね。高齢化が進み老老介護が当たり前です。勿論出来る人間が出来る事をする努力はしているつもりです。それにも限界があると思うんです。
介護の為に生活が変わり職を離れ自分の人生をも見失うなんて悲劇ですよね。
もっときめ細やかなアシスト方法があって、必要な事を選べるシステムの整備は絶対必要です。政治家は皆お金持ち目線です。あって然るべきな政策を訴えられても無い袖は振れませんもの。胸が痛くなるお話ですね。
基本的には政治とか難しいことは分からないしあまり考えたくないーって思っちゃうほうなのですけれど、でも今はなんというか「コレやります!」ということと実際の施政とが離れている気がして仕方がないのですよ。。。わが身で感じているからよけいにそう思うのでしょう。
私は自宅でできる作業や時間内でできる事務仕事を手に入れていますが、それはたまたま前職がサテライト作業が可能なものだったから、というだけで、ラッキーだったのです。
知り合った肢体不自由障害者の親御さんで仕事をしている母親は皆無といってよかったです。薬剤師の方くらい。そしてその方のところはご主人が介護を一手に引き受けておられました。よほどご主人やらご実家の理解がある方でないと難しいのだと思います。
けれどそういう方だとて、わが家のように突然ご主人に何かがおきるかもしれません。
・・・どうなっちゃうんでしょうね。安心してなんていられないですよね。まぁ起きなければいいのですけれども。
お金を頂く仕事をする、ということには責任を問われるので、何かボランティアとか趣味をするようにしようかな、と今模索しはじめています。
そうすれば「ムダ飯食いだなぁ」って凹むことはなくなるし、空いた時間だけしかできなくても責められることはないでしょうから(^_^;
ご実家、バリアフリーの工事はもう終わっておられるのですね。
それは少し安心です。
そうなの、できることをできる限り頑張っている家族なんていっぱいいるんです。まるこさんもそのお一人だと思います(体、気を付けてくださいね!)
だから。なんというか「家で看られる余裕がなくなってきたから施設に頼みたい」というギリギリまで頑張った家族の希望が、「悪」のように取り扱われる社会にはなっていただきたくないな、と。
そこが最低限の望みですが、いろいろと見ていると、そこさえもクリアできていない様子で暗澹たる思いです。
一人暮らしの母も施設に入所し、なんだかストレスもなくご長寿道をまっしぐら・・・(-_-;)
私の友人の妹さん、お嬢さんが自閉症で一人親で育てているのですが(ご主人は自殺)、その町で障害児の支援団体で色々活動しているそうです。私も少ないですがバザー用の献品をさせてもらったりしてます。お嬢さんは成人して施設(?)に今は入所しているとか。妹さんは現在も支援活動で走り回っているとか。
ねこってさんも支援活動など如何?大きなお世話ですが(笑)
高齢者…そうですね、老々介護、場所の移動程度のことでもムリ、よほどカクシャクとしておられる方でないと。医療行為が必要だったり認知があって徘徊あったりしたらもう目も当てられません。
介護する手を血縁で、といったって、少子化進んでいて、施設以上に手が足りないのは明らか。
なのに「在宅でー!」って政府は何を考えているのだか・・・もっと現実を見て頂きたいと思います。
支援活動については実はちょこっとだけやっています、活動、といっても大したコトではなくて、障害児のママになりたての方々の雑談相手という、しごくお気軽なものです。
子育てに不安でいっぱいの方も多く、私みたいな能天気なヤツがいると「…あんなのでもいいんだぁ」って安心なさるとかなさらないとか(苦笑)
将来長男が入所することになれば何だって好きなようにやると思いますが、在宅である限りは時間制限は外れなくて、全日かかる支援ができません。でも虎視眈々と何かやろうとたくらんでます(笑)