「猫旅リポート」 有川浩 読了
2017年3月17日 日常 コメント (2)昨日は知人出演の雅楽発表会を見に行きました。
2か月前から「この日やで~!」って教えてもらっていたので、
計画的に長男はお泊りに出して、
晩御飯にカレーを準備して、
かなーり早い時間から家を出て、
久方ぶりの大阪を堪能。
で・・・
我が家は田舎ですから(笑)
往復の電車時間がうん時間、長いわけです。
ぼーっと座っているのももったいない。
お伴に、と手に取ったのが、「猫旅リポート」
書評も何も読まずになんとなく厚みだけで選んで出発前に買ったのでした。
本当に、どんぴしゃの厚さでした。
帰り着く最寄り駅手前で丁度読み終わり!(こういう感覚は鈍ってないww)
簡単に読後感をメモ。
(ネタばれになるかもしれないから、はっきりとあれこれ書かない、
でもバレちゃうかなぁ・・・)
・・・もうねぇ・・・
泣かされる話なんだろうな、というのは途中からあちこちに伏線張られたから
覚悟しましたけれどもねぇ。
サトルとその飼い猫ナナが、
サトルに対してある種「思うところがある」(あ、ヨシミネだけは違うのか)友を訪ねて歩く、それだけを追いかけた話です。
友人たちの想いの昇華と、
ラストはなんといえばいいのかな、サトルの存在証明?的な救われた何かを感じる。
まぁありがちな設定ではあるけれど、もしこれが実話だとしても
こういうことはあるのかもしれないな、と思わせる程度には突飛ではないエピソードが置いてある。
あぁ、このほんわかとした読後感はよいなぁ。
有川浩の作品はどの作品も、読後に黒い感情が残らないから気持ちがいい。
誰にでもこの作家をオススメできる由縁ですね。
とにもかくにも、猫目線が優しくて、楽しい。
つい我が家の猫(ハチワレ猫ではないですが)も
こんなこと考えて生きてるんだろうか、なんて考えちゃう。
あえて難点を穿り出してみるとすれば、
サトルがいい人すぎる
幼少時の性格設定と、中学時代以降の彼とのギャップが少しばかりナットクできない
「こんな奴は滅多にいないよなぁ」って現実感が少し薄く思えて
そこはご都合主義だというか、作家の側は描きやすいだろうな、という意地悪な見方もできるかなぁ。
しかしながら、あぶら取り紙とか、小倉の親戚とか、
複数のエピソードと関わる小ネタがしっかり押さえてとあるところは流石力量ある作家サンですよね。
そんな何でもない小道具や土地の名前が、
主人公や周囲の感情をちゃんと流れをもってわかりやすく伝えてくれていて。
「死んだ猫はちゃんと悲しまないと(悲しむ人の側のココロが)片付かない」
まさしく・・・
きっとこれは「猫」だけではなくて、
想いのある生き物、物に対しては、すべてそうなんじゃないかって思います。
この本の主題はココなんですよね、たぶん。
そして悲しんだ後に何が残るか、何を残すか、という。
・・・と思いながら。
今日は引っ越し荷物を少しまとめはじめよう。
2か月前から「この日やで~!」って教えてもらっていたので、
計画的に長男はお泊りに出して、
晩御飯にカレーを準備して、
かなーり早い時間から家を出て、
久方ぶりの大阪を堪能。
で・・・
我が家は田舎ですから(笑)
往復の電車時間がうん時間、長いわけです。
ぼーっと座っているのももったいない。
お伴に、と手に取ったのが、「猫旅リポート」
書評も何も読まずになんとなく厚みだけで選んで出発前に買ったのでした。
本当に、どんぴしゃの厚さでした。
帰り着く最寄り駅手前で丁度読み終わり!(こういう感覚は鈍ってないww)
簡単に読後感をメモ。
(ネタばれになるかもしれないから、はっきりとあれこれ書かない、
でもバレちゃうかなぁ・・・)
・・・もうねぇ・・・
泣かされる話なんだろうな、というのは途中からあちこちに伏線張られたから
覚悟しましたけれどもねぇ。
サトルとその飼い猫ナナが、
サトルに対してある種「思うところがある」(あ、ヨシミネだけは違うのか)友を訪ねて歩く、それだけを追いかけた話です。
友人たちの想いの昇華と、
ラストはなんといえばいいのかな、サトルの存在証明?的な救われた何かを感じる。
まぁありがちな設定ではあるけれど、もしこれが実話だとしても
こういうことはあるのかもしれないな、と思わせる程度には突飛ではないエピソードが置いてある。
あぁ、このほんわかとした読後感はよいなぁ。
有川浩の作品はどの作品も、読後に黒い感情が残らないから気持ちがいい。
誰にでもこの作家をオススメできる由縁ですね。
とにもかくにも、猫目線が優しくて、楽しい。
つい我が家の猫(ハチワレ猫ではないですが)も
こんなこと考えて生きてるんだろうか、なんて考えちゃう。
あえて難点を穿り出してみるとすれば、
サトルがいい人すぎる
幼少時の性格設定と、中学時代以降の彼とのギャップが少しばかりナットクできない
「こんな奴は滅多にいないよなぁ」って現実感が少し薄く思えて
そこはご都合主義だというか、作家の側は描きやすいだろうな、という意地悪な見方もできるかなぁ。
しかしながら、あぶら取り紙とか、小倉の親戚とか、
複数のエピソードと関わる小ネタがしっかり押さえてとあるところは流石力量ある作家サンですよね。
そんな何でもない小道具や土地の名前が、
主人公や周囲の感情をちゃんと流れをもってわかりやすく伝えてくれていて。
「死んだ猫はちゃんと悲しまないと(悲しむ人の側のココロが)片付かない」
まさしく・・・
きっとこれは「猫」だけではなくて、
想いのある生き物、物に対しては、すべてそうなんじゃないかって思います。
この本の主題はココなんですよね、たぶん。
そして悲しんだ後に何が残るか、何を残すか、という。
・・・と思いながら。
今日は引っ越し荷物を少しまとめはじめよう。
コメント
悲しんだ後に何が残るか、何を残すか…
いたく心に沁みました。
素敵な気付きをありがとうございます。
先ほどサイトへ足跡つけちゃいました。
またゆっくりと読ませてくださいね。
ここ数年、本当に身近な人を何人も見送ったので
(私自身も、見送った方々もまだまだそんな年齢でもないハズなのに・・・
なので、よけいに・・・そんなことを想うのでしょう。
けれど、彼らが私に残してくれたものは沢山あって、それぞれやっぱり宝物なので。
本当に「出会ってくれてありがとう」と心から思うのです。
何もできないけれど、忘れないこと、も供養の一つだよね、とも。